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京都地方裁判所 平成11年(ワ)1471号 判決

神奈川県大和市深見台二丁目一二番六号

原告

石井徹

右訴訟代理人弁護士

大河原弘

京都市南区吉祥院高畑町二五番地

被告

吉原徳太郎

右訴訟代理人弁護士

関谷巖

宗像雄

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、

(一)  その発行する短歌誌の題号として、別紙目録(一)の「新青虹」、

(二)  右発行する短歌誌の発行所に、別紙目録(二)の「青虹社」、の各名称を使用してはならない。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、被告の発行する短歌誌の題号及び発行所名の使用が、原告と被告との間の訴訟上の和解によって定められた短歌誌の題号及び発行所の名称の使用に関する合意に反するとして、その使用差止を求めたものである。

二  争いのない事実

1  原告と被告との間で、平成一〇年三月二四日、東京高等裁判所平成八年(ネ)第五六八〇号事件(原告が被告に対し、商標権に基づき、「青虹」の標章の使用の停止を請求し、これが認容された横浜地方裁判所昭和六三年(ワ)第二七七〇号事件の控訴審。以下「前訴」という。)について訴訟上の和解が成立した(以下「本件和解」という。)。本件和解には、左記(一)ないし(三)の趣旨の条項が含まれている(以下「本件和解条項(一)」ないし「本件和解条項(三)」という。)。

(一) 被告は、原告が、別紙目録(三)記載の標章(以下「本件登録商標」という。)について、次の商標権を有することを確認する。

登録番号 第一九九七一二三号

出願日 昭和五六年六月一一日

登録日 昭和六二年一一月二〇日

指定商品 第二六類 雑誌、新聞

(二) 被告は、平成一一年一月一日以後、その発行する短歌誌の題号を「新青虹」とし、右題号として「青虹」を使用しない。

ただし、被告は、新青虹の字体及び書体について、本件登録商標と類似しないものを使用する。

(三) 被告は、現在使用する短歌誌の発行所「青虹社」との名称について、原告の名称と誤認混同しないよう努力する。

2  被告が平成一一年に発行した「新青虹」と題する短歌誌第七三巻(以下「本件短歌誌」という。)五月号の表紙は、別紙目録(一)のとおりであり、題号に「新青虹」(以下、五月号の題号「新青虹」を「本件題号」という。)を使用するほか、「(青虹改題)」と表示し、さらに「大脇月甫創刊」、「第七十三巻」、「昭和五十七年一月二十九日第三種郵便物認可」の各表示(以下、本件題号を除く右各表示を一括して「本件表示」という。)がなされている。なお、本件短歌誌一~四月号にも、本件表示が使用されている。また、被告は、本件短歌誌(一月号)の編集後記に、「誌名をやむなく新青虹と改題しましたのはこの世の法の不条理にいやいやしたがった丈のことで、もともとの青虹短歌精神の本筋はちっとも穢されてをりません。」と記載している(以下「本件編集後記」という。)。

3  被告は、本件短歌誌(一~五月号)の発行所として「青虹社」を使用しているが、原告の使用している「青虹社」と同様にゴチック体を用い、形状もほぼ同一である。また、被告は、短歌研究(平成一〇年一二月号)に掲載した新青虹の広告にも、発行所を「青虹社」とし、その肩書に「大脇月甫創刊」と記載している。

三  当事者の主張

1  原告の主張

(一) 本件和解条項(二)違反

本件和解条項(二)は、被皆において、題号として「青虹」を使用できず、青虹と絶縁された全く新しい題号として「新青虹」を使用すべきことを定めたものである。

しかるに、被告は、「新青虹」と平成一〇年一二月号まで発行していた短歌誌「青虹」(以下「旧青虹」という。)との間に連続性をもたせるため、本件短歌誌の「新青虹」の題号の下に(青虹改題)の文言を使用しただけでなく、大脇月甫の創刊にかかるのは原告の「青虹」であって「新青虹」でなく、平成一一年五月号の時点で本件短歌誌は五巻しか発行されておらず、「第七十三巻」は旧青虹からの連続した巻数であり、「昭和五十七年一月二十九日第三種郵便物認可」というのも、旧青虹時代のものであるにもかかわらず、本件短歌誌に本件表示を使用しているが、これも旧青虹との連続性、同一性をも求めたものである。

被告は、前訴において、題号と短歌誌それ自体の同一性ないし密接関連性を主張しており、その観点からすれば、本件登録商標と本件題号の類似性を判断するについては、短歌誌の表紙全体を基礎とすべきである。

そうすると、本件表示において右のとおり被告が旧青虹との連続性、同一性を示そうとしていることを考慮すれば、本件登録商標と本件題号の表示は類似するというべきであり、本件題号の使用は、本件和解条項(二)に反する。

(二) 本件和解条項(三)違反

前記争いのない事実3及び本件編集後記からすると、被告は、本件和解が成立した後平成一一年五月号までの間に、現在使用する短歌誌の発行所「青虹社」との名称について、原告の名称と誤認混同しないように努力しなかったものというべきであり、右不作為は、本件和解条項(三)に違反する。

(三) よって、原告は、被告に対し、本件和解に基づき、本件題号の使用、及び発行所として別紙目録(二)の「青虹社」の名称の使用の禁止を求める。

2  被告の主張

(一) 本件和解条項(二)違反について

本件和解条項(二)は、短歌誌の題号に関するものであり、短歌誌の同一性とは関係がない。被告が、旧青虹と新青虹が短歌誌として同一性を有するものであることを、その誌面上に表示することは、本件和解条項(二)において何ら禁止されていない。

また、右条項は、新青虹の字体及び書体が本件登録商標(青虹)と類似しないものを使用するとしているが、本件登録商標は、横書きであり、書体は行書体で、「青」の「月」の三画、四画は略字である。これに対し、本件題字は、縦書きであり、書体はデザイン調であり、各文字が白線で囲まれ、「青」の「月」の部分は旧字体に近いものであるから、両者は類似しない。

そもそも、本件和解条項(二)は、単に、被告が、その発行する短歌誌の題号として「新青虹」の名称を使用するに当たり、被告に対し、その字体及び書体について、本件登録商標と類似しないものの使用を義務づけているにすぎず、被告が右のとおり「新青虹」の題号を使用するについて原告に差止請求権を付与するものではない。

(二) 本件和解条項(三)違反について

発行所の住所が京都市となっており、発行人として被告の名が記載されているから、誤認混同のおそれはない。

そもそも、本件和解条項(三)で、「誤認混同しないよう努力する」とあることから明らかなとおり、本件和解条項(三)は、被告が、その発行する短歌誌の発行所を表示するものとして「青虹社」という名称を使用すること自体はこれを当然のこととして承認しており、被告が右のとおり「青虹社」との名称を使用するについて原告に差止請求権を付与するものではない。

四  争点

1  本件和解条項(二)違反の有無と使用差止請求の可否

2  本件和解条項(三)違反の有無と使用差止請求の可否

第三  争点に対する判断

一  本件訴えについて

1  本件題号等の使用禁止請求は、本件和解を根拠とするものであるが、被告の行為が本件和解の既判力ないし執行力が及ぶものであることを前提とすると、訴えの利益がないことになる。

しかし、本件和解条項(二)、(三)のいずれも、それだけで違反行為が特定できるものではないので、既判力、執行力は認めがたい。

したがって、本件請求は訴えの利益はあるというべきである。

2  被告は、本件和解自体が原告に本件題号等の使用差止請求権を付与するものではないから、その点で既に本件請求は理由がないと主張する。

確かに、本件和解条項(二)、(三)の文言及び趣旨からみて、被告の右指摘はそのとおりである。

しかし、訴訟上の和解には、訴訟行為としての面と私法行為としての面があるから(両性説)、訴訟法上、差止請求権を付与していないとしても、私法上の合意として、本件題号等の使用禁止合意が存在する以上、右合意に反する使用がなされた場合には、私法上の合意に反する行為として、その差止を求めることができるというべきであるから、被告の右主張は採用できない。

以下、これを前提として、本件和解条項(二)、(三)の趣旨と被告の行為がこれに違反するか否かについて検討を進める。

二  本件和解条項(二)違反の有無と使用差止請求の可否について

1  本件和解条項(二)は、被告が平成一一年一月一日以降発行する短歌誌において、その題号を「新青虹」とし、その以前に発行していた短歌誌の題号である「青虹」を使用しないことを定め、併せて「新青虹」についても、その字体及び書体について本件登録商標と類似しないものを使用するとして一定の限定を加えている。

前訴の紛争の内容からすれば、原告の発行する「青虹」と被告の発行する「青虹」との混同を回避することが本件和解の目的となっているであろうことは容易に推察され、原告の「青虹」と被告の「青虹」との間に混同のおそれがあったとすれば、新青虹と旧青虹との連続性を強調すればするほど、原告の「青虹」と新青虹との混同のおそれも増加するという意味では、原告が主張するように、新青虹と旧青虹を断絶したものとしておく必要があることは理解できないではない。

しかし、和解条項の解釈は、特段の事情がない限り、和解調書に記載されたところからこれを判断すべきである。そして、原告の主張するような意図があったのであれば、旧青虹と新青虹の連続性を示す本件表示の使用禁止を和解条項として明示すべきであり、そのような記載がない以上、被告が本件表示をしたことをもって、本件和解条項(二)に違反したと断ずることはできないし、ましてや、本件編集後記の記載から推測されるような被告の見解の表明が同条項に違反するといえないのはいうまでもないところである。

2  次に、原告は、題号と短歌誌の同一性ないし密接関連性や、被告が旧青虹と新青虹との連続性、同一性を示そうとしていることを考慮すると、本件登録商標と本件題号は類似すると主張する。

しかし、前訴は商標権侵害訴訟であり、商標の類否については一般に外観、観念、称呼が類似するか否かを総合的に判断して決せられることと、前記のような和解条項の文言からして、本件和解条項(三)は、被告に対し、「新青虹」の題号を使用するについて、外観のうち字体、書体が本件登録商標と類似するものを使用しないよう義務づけたものであり、本件登録商標と「新青虹」の題号の類否判断について、両者の外観の比較を超えて、被告に旧青虹との連続性、同一性を示そうとする意図があるか否かといった、各表示そのものからわからない事情を考慮することは前提としていないと解される。

また、原告は、被告が前訴において、題号と短歌誌それ自体の同一性ないし密接関連性を主張しているとし、これを理由に本件登録商標と本件題号の類似性を判断するについては、短歌誌の表紙全体を基礎とすべきである旨主張するが、被告の前訴の主張は、「題号」と「短歌誌」の「同一性ないし密接関連性」ではなく、「短歌誌の題号」と「短歌結社の目的性格」が「密接に関係している」ことを述べるにすぎず、それも、短歌結社誌の識別は、短歌結社ないしはその主催者、会員の個性によってされ、短歌結社誌の題号によってされているのではないという趣旨でされているのであり(甲八の1ないし4)、換言すれば、全く同じ題号を用いても商標権侵害は成立しないという主張であるから、原告の主張の根拠とはなりえない。

3  そこで、本件登録商標と本件題号の外観を比較すると、本件登録商標は、横書きでその書体は「青」の七画八画が崩された行書体といえるものである。これに対し、本件題号は、縦書きでその書体は全体的にデザイン調であり白い線で縁取りがなされ「青」の「月」の部分が旧字体に近いものである。

これに基づいて判断すると、字の縦横の差異は字体ないし書体の問題ではないにしても、両者は、書体、縁取りの有無、「青」の「月」の部分において全く異なった外観を有しており、類似するものと判断することはできない。

4  以上によれば、被告の行為をもって、本件和解条項(二)に違反すると認めることはできない。

三  本件和解条項(三)違反の有無と使用差止請求の可否について

1  本件和解条項(三)は、「青虹社」の名称の使用は認めた上で、その使用の際に原告の「青虹社」と誤認混同しないように努力する義務を定めたものであるところ、右文言上、「努力する」というあいまいな表現が用いられてはいるが、被告が誤認混同を避ける努力をしなかった結果、現実に誤認混同が生ずるにいたった場合は、右努力義務に違反したものとして、「青虹社」の名称の使用差止を求める私法上の効力が生じる余地がある。

2  しかるところ、右義務違反の判断については、本件和解条項(三)が原則として被告に「青虹社」の名称を認めており、それ自体から一定の誤認混同を招くことは前提となっていること、また、努力という文言自体が当事者の主観に左右される曖昧な意味内容を有することに鑑みれば、被告の「青虹社」使用の事実を客観的にみて、原告の使用する名称と明らかに誤認混同が生じているか否かを基準とするのが相当である。

3  そこで、被告による「青虹社」の名称の使用状況をみると、証拠(甲三、四、六の各2)によれば、字体及び書体が原告の使用する「青虹社」と類似しているといえなくはないが、そもそもその字体及び書体はありふれたゴチック体であるし、発行人について被告は「吉原徳太郎」、原告は「石井徹」と、発行所の住所においても被告は京都市、原告は大和市と重要な差違が認められることからすれば、被告の「青虹社」使用につき明らかに誤認混同が生じているとはいえない。

4  以上によれば、本件和解条項(三)違反の事実も認めることができない。

四  結語

よって、原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日平成一一年七月二九日)

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 本吉弘行 裁判官 鈴木紀子)

目録(一)

〈省略〉

目録(二)

大脇月甫創刊新青虹毎月一回一日発行

(通巻七十三) 第五号

定価 七〇〇円 送料 七六円

平成十一年四月一日発行

発行人 吉原徳太郎

編集人 川口学

印刷所 連合社印刷

発行所 青虹社

〒601-8332京都市南区吉祥院高畑町二十五

電話 〇七五-六九一-二二二八

振替 〇〇一九〇-〇-八八五七二

目録(三)

〈省略〉

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